St_Hakky’s blog

Data Science / Human Resources / Web Applicationについて書きます

「若き日のアナタ」と如何に向き合うべきか

こんにちは。

最近、以下の記事を読みました。

note.mu

色々思うところがあったので、メモがてら書いてみようと思います。

若き日の私とは

最近、自分より年上の人に意見を言う機会が多いので、「私はどう見えているのだろうということ」と、「私だったら私に何をするだろう」というのをよく考えるようになりました。

正直言って、わからないことの方が多いし、「こいつ何言ってんだろ」って思うことも多いのかなと思います。
 
 
だからこそ、他者の感情が見えた時に、少し安心する自分がいます。
 
 
貴方が何か価値として大事にする何かに対して、自分の意見とあっていること、食い違ったことが目に見える瞬間だからかもしれません。
 
 
感情をロジックで説明するのは難しいけど、そこに対して、明確なNoやYesを持つことができるのは、私にとってはとても嬉しいことです。
 
 
過去も何もなく、知り合いもまだまだ少ない私にとって、「何かをする」ことは、貴方よりもやりやすいと思います。

若き日の貴方に対して、今の私が思うこと

歳をとった私が、若き日の私に対して、やるべきことは、以下のような感じなのかなと思います。

  • 仲良くなりすぎてはいけない
  • 仲良くなくてもいけない
  • 干渉しすぎてもいけない
  • 干渉しないのもいけない
  • 上からでは行けない
  • 下からでも行けない
  • 答えを持っているという印象を持たせてはいけない
  • 一緒に考えなければいけない
  • 先導できると思ってはいけない
  • サポートできると思ってはいけない
  • 自分の知識が若い人よりも豊富だと思ってはいけない
  • 自分の知識が若い人よりも豊富でないと思ってはいけない

つまり、若き日の貴方とは、「対等」であり、ビジネス仲間であり、常に成功・失敗で測れる成果で、「今」について語らないといけないということ。

だから、議論する時に、自分の昔の話とか、自分以外の人の話、実際とかけ離れた妄想とかを本気で多くし始めたら、もう終わりなのかなって思うようになりました。


若き日の私と退治した時に、負けてはいけないし、潔く渡していくこと。


良い評価を聞いてはいけないし、悪い評価は改善と受け止めること。過去の私を見て安心してもいけないし、とても難しい。

時間の変化を感じながら、いま求められる役割をしっかりと担うという意味では、若き日の貴方がわからないなりに「若さを行かせること」に取り組むということと、似ているのかもしれません。